横浜国立大学大学院 先進実践学環

石原 正貴さん

先進実践学環で何を研究していますか?

人工知能(AI)技術の一種である「強化学習」に関する研究をしています。

これは身近なところで言えば、クルマの自動運転などに応用できる技術です。自動車の運転では、車速のコントロールから信号の認識、対向車や歩行者との衝突回避など、判断を求められるシーンが多々ありますよね。そして人間であれば、そのたびに判断を下し、正解を導き出していくことができます。

しかし、路上で次々に移り変わる複雑なシチュエーションに対し、なにが正解かを自動で判断させることは難しい問題です。そもそも無限に変化する状況への対応はルールとして網羅できませんし、仮にできたとしてもAIにかかる負担が膨大なものになりますから。

そこで、人がルールを与えるのではなく、人工知能が試行錯誤を繰り返しながら、状況に応じた複雑なふるまいを獲得させようというのがここでいうAIの1つの実現方法—「強化学習」なんです。ちなみに最近、よく囲碁や将棋の世界でAIがプロの棋士を打ち負かしたり、人と区別がつかないような対話ができるサービスが話題になっていますが、あれもAIの強化学習の一種です。

私の場合は、この強化学習を使った「群集制御」をテーマに研究しています。群集とは文字通り人の集まりのことですね。現代はSNSなどの影響で情報が瞬時に広がるようになり、群集の動きが昔の経験則から推定されるルールでは説明できなくなっています。そこで、混雑や渋滞の緩和に人工知能の強化学習を利用し、サイバーフィジカル空間で群集行動の再現や制御に利用できないか、というのがこの研究です。

先進実践学環を選んだ理由は?

私は横浜国立大学の経営学部出身です。いわゆる普通の文系の学生として、3年生から就職活動もしていました。ただ、同じ学部の同期はやりたい仕事を明確化していく一方で、自分は学部時代にあまり将来のビジョンを持たずに過ごしてきたこともあり、どういう会社に入りたいのかを決めきれずにいました。

そこでいったん就活を止め、自分のやりたいことを改めてじっくり考え直してみたんですね。そこで思ったのが、DX(デジタル・トランスフォーメーション)の重要性が叫ばれる世の中で、ビジネス的な観点とテクノロジー的な観点、この2方向から物事を見ることができる人材として社会の役に立ちたい、ということでした。

それに加え、もともと人工知能にも興味があり、特にAIの強化学習については、いま私が在籍している研究室の濱上知樹先生が専門家であることも存じ上げていました。そこで2000年の終わり頃、コロナ禍だったこともあり、濱上先生と何度かメールのやりとりをさせていただき、いろんなお話を伺った上で、当時(2021年)、スタートしたばかりの先進実践学環の「応用AI」という研究分野の門を叩かせていただいた次第です。

入学してわかった先進実践学環の魅力は?

やはり4つの大学院(国際社会科学府、都市イノベーション学府、環境情報学府、理工学府)が連携して構成される幅広い分野の授業を履修できるのは大きな魅力だと思います。実際、自分の研究分野とはまったく異なる研究をしている人たちと接する機会も多く、これは他の大学院にはない特長です。

特に、学環には「ワークショップ」というすべての学生が参加する研究の中間発表の場があるのが大きいですね。これは各自の研究成果をプレゼンテーションし、それを動画にして学府を越えて視聴し合う、というもの。

普段は一切交わらない他分野の研究発表を観たり、あるいは自分の研究について観られたりするわけですが、そうすると、やっぱり気づかされることがすごく多いんです。特に思ったのは「伝える」ことの難しさと重要性でしょうか。

例えば研究を続けていると、同じ分野の人間にはあえて説明しなくても通じる、暗黙の了解的な知識や言葉が増えていきます。それがいざワークショップでプレゼンに臨んだときに、他分野の人にはチンプンカンプンな言葉を普通に使っていることに気づいたり、逆に他の人の発表を観てそう思ったりすることも。伝える力というのは社会に出てからも欠かせないスキルだと思うので、すごくいい経験になりました。

印象に残っている授業はありますか?

先進実践学環には「人間学通論I,II」と「IT技法通論I,II」という2つの必修授業があります。前者は歴史・哲学・経済などについて学ぶ文系の授業で、逆に後者はAI・統計・セキュリティなどITにまつわる内容を中心とした理系の授業。どちらも毎回、分野ごとの専門の先生が入れ替わりで講義を行うのが特徴です。

いまのAIの研究に近いのはもちろん「IT技法通論」で、何かと学びが多かったのですが、一方で、自分の研究とはあまり関係ないと思っていた文系の「人間学通論」も同じくらい面白かったです。結局、ITを使うのも人間ですから、実は底ではつながってるんですよね。というわけで、この2つはまさに文理融合を掲げる先進実践学環らしい授業だと思いましたね。

今後の進路や目標について教えてください

4月から、東京のIT企業でSEとして働くことが決まっています。

振り返ると、先進実践学環に入ってAIの研究を始めたばかりの頃は、もともと文系出身だったこともあって、ものすごく苦労しました。右も左もわからず、もう大変どころの騒ぎじゃなかったです(笑)

なんとかしなきゃ、と焦って自分で勉強したのはもちろんですが、それだけでは間に合わないという危機感から、先生や先輩にも相談し、いろんなアドバイスをもらいながら、どうにかこうにか研究を続けてこられました。苦労が多かった分、人間的にも成長できたと思います。いずれにせよ、これから会社に入って、社会の役に立てるのが何より嬉しいですね。

受験生の方にアドバイスをお願いします

もしかしたら、大学院で研究するにあたり、専門性を高めるべきか、領域を横断した学問をするべきか、ということで迷っている受験生の方もいるかもしれません。

しかしこれは私が先進実践学環で2年学んだから言えることですが、その2つを区別することにあまり意味はなく、それよりも、まず自分が将来どうなりたいか、というビジョンを持つことが大事かなと思います。

自分の将来像が見えていれば、おのずとそれに必要なことを学び、研究することになります。結果的にはそれが専門性を深堀りすることにつながるかもしれないし、領域をまたいで学問をした、ということになるかもしれません。そこは結果論としてとらえればいいと思います。

先進実践学環は、どんなビジョンにも応えてくれる懐の深いカリキュラムが魅力の大学院です。受験、頑張ってください!