横浜国立大学大学院 先進実践学環

石川 真紀子さん

先進実践学環で何を研究していますか?

ひと言で言えば、 “人の心を動かす音”の研究をしています。

私は社会人学生で、30年以上に渡り、「まきりか」名義でJ-POPやゲーム音楽、企業CM、ミュージカルなどの作曲や音楽プロデュースなどのお仕事をしてきました。その経験が、この研究を始めたきっかけになっています。

というのは、私の音楽を聴いた人たちから、「まきりかの曲を聴くと涙が出てくる」とか「初めて聴いたのに、なんだか懐かしい情景が浮かぶ」といった感想をもらうことが長年すごく多かったんです。特に狙って「泣かせてやろう」という気持ちで曲を作ってるわけではないのに(笑)。

それである時、自分の曲になぜこういう感想が寄せられることが多いのか、気になり始めたんです。普通はブラックボックスで見えない自身の音楽の効用や構造を、科学的に解明してみたくなったんですね。

ちなみに修士論文の題目は、「高齢者介護の現場における音楽の癒し効果に関する研究」というもの。お年寄りの認知症対策として、「回想法」というのがあります。例えば、若い頃に流行していた“懐メロ”を聴いてもらい、当時を思い出すことで元気になったり、心を落ち着かせたりする心理療法です。これは私が仕事で関わった介護施設でもよく行われていました。

ただし、世代によって知っている曲が違うし、そもそも音楽を聴いてこなかった人もいるなど、回想法は万能ではありません。そこで、先ほど私の曲に「懐かしさを感じる」という感想が多いとお話しましたが、年齢によらず、回想法に活用できるような曲を生み出せれば、認知症対策に寄与できるのでは? と考えてこの研究を始めたわけです。

先進実践学環を選んだ理由は?

実は、先進実践学環の初代学環長を務めておられた数学者の根上生也先生とは、私が手掛けたミュージカルを観劇いただいたのがきっかけで10年以上、親交があったんです。

そこで2018年に、先生に「私の作る音楽について、どなたかに監修や研究をお願いし、そのメカニズムを解明してもらうことはできないでしょうか」というようなことをご相談したところ、「いや、他人の力を借りようとしないで、あなた自身がエビデンスになりなさい」とアドバイスいただいて。

それで、先生から文理融合・異分野融合をテーマに、4つの大学院(国際社会科学府、都市イノベーション学府、環境情報学府、理工学府)の授業を自由に組み合わせて履修できる新たな大学院として先進実践学環が新設される、というお話を聞いて、「ここだ!」と思い、2021年4月に学環がスタートするタイミングで受験して入学しました。

入学してわかった先進実践学環の魅力は?

実際に研究を行うにあたり、先進実践学環の環境はすごくよかったですね。一つには、授業のリモート環境がしっかり整っていたこと。コロナ禍だったということもありますが、社会人生活と学生生活を両立する上で、移動に割く時間が最低限に抑えられたのは非常に助かりました。

そして、研究に必要な知識やデータを得るために、文系・理系の枠を越えて、さまざまな専門分野の先生たちにご相談でき、いろんな角度からご協力を得ることができたのも自分にとっては大きかったです。もちろん、そのためには自分で課題を見つけて積極的に動くことも必要にはなりますが、こうした学環の自由な環境はとても魅力的だと思います。

印象に残っている授業はありますか?

例えば世界経済、農業政策などの授業が印象深かったですね。私の場合、社会人歴が長いので、取り組んでいることに関して、ビジネスとしていかに利益を出すか、あるいはコストパフォーマンスをどう向上させるか、といったことを自然と考えます。しかしそうした社会人としての“約束事”から解放されて、純粋に歴史や経済の学び直しができたのは、すごく充実した時間でした。

今後の進路や目標について教えてください

研究では12の即興曲をピアノで作り、それを20〜80代の一般の男女70人と、4つの介護施設で認知症を含む高齢者に聴いてもらい、その反応についてデータをまとめていきました。結果としては、私の音楽を聴いた一般人の100%の人が「心地よい」、83%の人が「懐かしい」と感じると答え、高齢者たちの反応・行動にもその結果と強い相関が見られました。

これを受けて、私の音楽が人の心を癒したり動かしたりできる、というある程度の証明はできたのかな、と思っています。とはいえ、2年という時間は意外と短く、私がやりたかったことが100%できたわけではありません。なので先進実践学環を修了したあとも、自身で自らの音楽の研究を進める予定です。そして将来的には、認知症の症状改善のための技術革新などに寄与できればいいなと思っています。

受験生の方にアドバイスをお願いします

私は社会人学生なので、先進実践学環への進学を考えている社会人の方にアドバイスさせていただくと、仕事と並行して2年かけて単位を取得し、研究を行うのは、正直言って時間的にものすごく大変です。

ただし、ハッキリとやりたい研究がある人や、本業と直結する研究が行える人であれば、学環で研究する価値は大いにあると思います。

先にお話ししたように、先進実践学環には学府(大学院)をまたいで横軸で動きやすい環境が整っています。これは言い換えれば、自身の抱えるプロジェクトを完遂するため、さまざまな学府の教育・研究資源を巻き込んでいく、いわゆる社会人的な動きがしやすいということ。ぜひチャレンジしてみてください。