横浜国立大学大学院 先進実践学環

野村 忠司さん

先進実践学環で何を研究していますか?

学環のテーマでいうと「成熟社会」。高齢社会や高齢者の生活に関わる様々な問題・課題に取り組む「社会老年学」がご専門の安藤孝敏先生の研究室に所属しています。いま研究しているのは、退職した男性高齢者が、社会貢献活動にスムーズに参加できるようにするための促進プログラムづくりです。

私は30年間余り働いた会社を58歳で退職しました。今年で60歳です。時間ができたこともあり、学生時代に携わったユニセフの募金活動の経験を思い出して、なにかボランティア活動をしようと思ったんですね。しかし、いざ探そうとした時に、男性高齢者向けの社会貢献活動の情報があまり整備されていないことに気づいたんです。

高齢化が進むなか、私のように退職後に新しい舞台で頑張ろうとする男性は年々増えています。仮に65歳で定年を迎えても、平均余命は20年もありますからね。しかも昔の高齢者に比べると今の人は若いでしょう。例えば、昭和初期の時代の写真や映像で見る50歳と令和の50歳では、今の人のほうが圧倒的に若々しく元気な感じがしませんか? 栄養状態や医療の発達など、いろんな理由があると思いますが、実際、日本老年医学会の調査によれば、昔に比べて今の人は5〜10歳は若いそうです。

同時に、日本人男性は働いている間は忙しくて地域との関わりが持てない人が多い。一人暮らしの男性高齢者の30%は「ちょっとした助けを求められる頼れる人がいない」という調査結果もあります。ちなみに女性でそう答えた人は9%しかいないので、おしなべて男性は女性に比べて他人と交わるのが苦手な傾向にあると言えるのではないでしょうか。

そこで、高齢者男性が会社から次のステージへ一歩踏み出すために、退職後の社会貢献活動にまつわる情報をしっかり整備して、タイムリーにアクセスできるようなシステムができないだろうか、と思ったのがこの研究を始めたきっかけです。

先進実践学環を選んだ理由は?

実は学環に入る前に、別の大学のシニア向けのコースで学んでいたのですが、今いる研究室の安藤孝敏先生が、その大学で3カ月ほど社会老年学の授業を持たれていたんです。その内容に非常に興味をそそられまして。

例えば、昔は社会から支えられる対象だった高齢者が、逆に積極的に社会に貢献しようとする「プロダクティブ・エイジング」にまつわる話などは、私自身がまさにそこにさしかかる年代ということもあって、特に面白かったですね。

そして実際に安藤先生とお話をした際に、社会老年学を深く学ぶなら先進実践学環という選択肢もありますよ、というアドバイスをいただき、その大学を辞めて、2023年4月にこちらに入学し直した次第です。

入学してわかった先進実践学環の魅力は?

選択できる授業の範囲が広く、望めばほぼ何でも学べるのが素晴らしいですね。例えば社会福祉、教育、労働法、企業社会論、まちづくり、AIなど、自身の研究に必要不可欠なさまざまな分野の知識を、文理の枠を越えて吸収できる。私はどちらかというと勉強したいことや対象が多いタイプの人間なので、さまざまな授業を選択できる学環の環境はまさに理想的です。

それに、環境問題もそうですが、いま地球で起きているさまざまな問題は、昔よりも複合的に知識を学ばなければ解決できないタイプのものが多い気がしています。そういう意味でも、先進実践学環では、現代社会の課題解決に直結するような実践的な研究ができると思います。

印象に残っている授業はありますか?

一つの授業というよりも、別個の授業同士が有機的につながり合っている点に魅力を感じています。

例を挙げると、「労働法研究」という判例を掘り下げる授業があります。そこでは、経産省のトランスジェンダーの男性職員が、女性用トイレの使用を認めてもらえなかったことについて同省を訴えた裁判の判例について学びました。

一方、これとは別に受けていた「多様性を尊重する成熟社会とその基盤」という授業では、“もし自分が社員30人の民間企業の社長だとしたら、トランスジェンダーの男性職員に女性用トイレを使わせるか?”というテーマでグループディスカッションを行いました。

さらに、「都市地域社会論」という授業で人間だけでなくモノもアクターととらえるアクター・ネットワーク理論を学び、最近増えている「誰でもトイレ」は女性として暮らしたいと願っているトランスジェンダーの人にとっては嬉しい場所ではなく、むしろ拒絶の象徴なのではないか? というような新しい考え方を獲得することができました。

このように、まったく別の3つの授業が、実は裏ではつながり合っている。まさに学環ならではの考え抜かれた授業形態だと思いますね。

今後の進路や目標について教えてください

修士の2年間では研究が終わりそうにないので、博士課程に進むことも考えています。

今の研究を活かし、将来的には例えば企業と連携して、間もなく定年を迎える社員を対象に、セカンドキャリアにまつわる情報を提示できる場を会社ごとに設けられないだろうか? などさまざまな可能性を模索中です。

また、私は学環での研究のほかに、不登校の中学生の居場所づくりに関するボランティア活動も行っています。これも企業生活とはまったく異なる価値を発見でき、非常にやりがいがある活動なので、今後も継続していきたいですね。

受験生の方にアドバイスをお願いします

私のように、退職後に大学院に進もうかな、と考えている方にアドバイスをさせていただくと、まず、大学院に進学するということは、とりも直さず自分の人生をもう一度きちんと見つめ直し、今後の人生をどう過ごすのかを考える貴重な機会になります。

私はいま還暦ですが、周りの学生は20代が多いので、SNSの使い方から物事の考え方に至るまで、学ぶことが多々あります。逆に、社会人経験を経ているからこそ、若い人たちに刺激を与えることもできます。

会社で定年を迎えても、体力も気力もまだまだ旺盛な人は多いはず。私はよく同世代の仲間たちと、「自分の好きなことが目いっぱいできて、心身ともにまだ元気な今が人生の黄金期だね」と話し合っています。

学環は若い人だらけの環境なので、多少アウェイな空気はありますが(笑)、社会人としての経歴などはいったん忘れて、謙虚に、しかし恐れることなくコミュニケーションを図って、フラットな人間関係を築くことが大事です。若い人たちと議論をするたびにフレッシュな考え方に触れられて、世の中の変化を肌で感じられると思いますよ。