横浜国立大学大学院 先進実践学環

多和田 雅保 先生編(専門:日本近世史/研究テーマ群: 人間力創生)

今回のインタビューは日本近世史がご専門の多和田雅保先生にお伺いします。

Q. ご専門の内容について、少しお話しいただけますか。

多和田  私の専門は日本史で、江戸時代を中心に研究しています。研究のフィールドは長野県で、都市と農村の関係や農業・林業や商業、また文化の歴史に取り組んでいます。

Q. 研究のフィールドにはどのように出会われたのでしょうか。

多和田  歴史学は古文書などの史料がないとできないので、学生時代から史料のある所を探して研究を行っていました。実は長野県は史料がたくさん残っていて、どんなテーマを取り上げても割合に研究しやすいところなのです。長野県に史料が残っているのは、家や地域でかなり大切に守ってきた、ということが大きいのではないかと思っています。最初は公文書館に残っている史料を調べて、飽き足らなくなると現地を観察し、所蔵史料を見せていただくなどして調査を進めます。私は長野の出身ではないのですが、研究を行ううちに魅力にとりつかれて、もうずっと長野県を研究しています。

Q. ご専門の面白いポイントを教えていただけますか。

多和田  私の出身である文学部では、各時代の専門家の先生がいました。高邁な理想があるわけではなく、なんとなく江戸時代の先生のところがいいなぁ、と思ったところから始まったんですけど、調べていくうちに今まで教科書にも載ってないような地方の人の歴史がわかってきたのです。学問の分野によっては、大学院生まで高度な理論的訓練をうけたうえで初めてオリジナルが出せる、という分野もあると思いますが、文学部の歴史研究は、学部生レベルでも新しい発見ができます。面白い史料をみつけると、それで何か言える、ということが自分に合っていると思いました。

そして、研究によって地域の生活世界、つまり昔生きていた庶民の生活がダイレクトでわかる、というところに惹きつけられました。誰でも知っているような「偉人」ではなく、庶民の生々しい歴史、人間が何を基盤に生きているのかが伝わってくるのが研究の最大の醍醐味かなと思います。学部の授業でも史料を読みますが、古文書から教科書に載っていないことがわかることにみんな驚きますよね。

当時の人の思いに心を寄せて、考えを知ることは、一番心惹かれるところではありますし、純粋な学問の喜びでもありますが、それとは別に重要性も高いと思っています。人は純粋に論理で動くわけではありませんよね。例えば、過疎化が進んで住みづらい集落に対して、丸ごと移転すればよい、という意見が出てきても実際にはうまくいきません。人の生活は複雑系の社会の中にあるので、トータルで昔の生活世界を復元して考える歴史研究は、現代の社会問題、たとえば地方の過疎化や空き家問題、都会では一極集中などに対して、直接の処方箋を示す研究ではないですが、人が生きていくうえでのヒントをたくさん与えてくれます。地域をよくする施策を考えるうえでも、歴史的な知見は有効だと思います。

Q. 学環に提供されている授業について教えてください。

多和田  地方に残された史料、特に庶民の生活記録を一緒に読む授業です。昔の人の考えを知り、過去に生きた人間の生活や、歴史を見る目を養うことを目的としています。私の指導するゼミ生には史料の読み方をしっかり訓練しますが、学環の授業では古文書をかみ砕いて現代語に直して準備した史料を使います。ですので、理系の人にもぜひ履修してほしいと思います。古文書からこんな面白いことがわかるんだ、といったエッセンスをつかんでほしいです。

実は、私の指導教官の専門が都市史でしたので、工学部の都市史の研究室と先生同士・学生同士でかなり交流をしていました。向こうは建物図面を起こせて、古文書の知見も少しわかる。僕らは古文書が専門で、図面は引けないけれども建築の記録は読み取ることができる。そんな僕の経験から、間口を広げることによって、新しい角度から物を見ることができ、それが必ず学生の皆さんの成長に繋がると思っています。

Q. このインタビューでは、「私の1冊」としてオススメの本を伺っております。先生からはどのような本をご紹介いただけますか。

多和田  本屋さんにいくと織田信長などを描いた歴史本が平積みになっているイメージですが、ここでは大学の図書館にあるようなアカデミックな裏付けのある歴史の本をお勧めしたいと思います。まずは『神奈川県史』でもいいですし『横浜市史』でもよいので、自分の身近な地域の歴史について書かれた本を読んでいただければよいと思います。横国の図書館をはじめとして多くの図書館に庶民の生活に関する本がたくさんあります。

私の著作の中では『みる・よむ・まなぶ飯田・下伊那の歴史』はカラフルで読みやすいと思います。『飯田・上飯田の歴史 上・下』は同じく都市の歴史ですが、街並みについて調べたもので、私は上巻を担当しました。とても好評ですぐ売り切れてしまいました。この分野に興味を持たれた方には、専門的ですが『近世信州の穀物流通と地域構造』があります。長野県北部の米や麦、大豆、ひえなど、穀物の流通について調べたものです。

Q. 最後に志望する学生にメッセージをお願いします。

多和田  人間が生きてく上で、地域や生活は基盤であり、あらゆる面で関わってきますから広くその歴史を見る目や社会を見る目を養うことが重要です。また、私は特に農業史や林業史をやっていますが、極めるには理系の知識も必要です。先進実践学環だと深くもできるし広くもできます。人文学を中心に総合的に学びたい、という方には期待を裏切らないようにしたいと思います。

また、最近は教養教育が減ってきている傾向にありますが、教養教育は一生涯掛けて積み重ねていくものだと思っています。理科系の学生さんが修士の段階において人文系の学問を学びなおすというのはとても重要だと思っています。気軽に人間力創生の講義を覗いていただければ必ずプラスになると思います。

多和田 雅保

横浜国立大学教育学部 教授。日本近世史研究、地域社会研究などに従事。著書に『近世信州の穀物流通と地域構造』(山川出版社、2007年、単著)、『飯田・上飯田の歴史 上巻』(飯田市歴史研究所、2012年、共著)などがある。