横浜国立大学大学院 先進実践学環

野原 卓 先生編(専門:都市デザイン、都市居住環境分野/研究テーマ群: 横浜アーバニスト)

今回のインタビューは都市デザイン、都市居住環境分野がご専門の野原 卓先生にお伺いします。

Q. 野原先生のご専門はどのような分野でしょうか。

野原  「都市計画」や「まちづくり」にまつわる研究を行っています。都市の空間や場所などを扱う、建築学科系の分野なのですが、その中でも私の専門は「都市デザイン(アーバンデザイン)」と呼ばれる領域です。

「都市計画」と「まちづくり」、そして「都市デザイン」。言葉が似ているので、何が違うのか疑問に思う人もいらっしゃるかもしれませんね。

重複する意味を含みますが、言葉が広がる経緯から整理すると、「都市計画」はどちらかと言えば行政が主導して広範囲の道路整備や土地改変、ルール作りなどを機能的・効率的に実施する、ややトップダウン的な性格も帯びたもの。一方、「まちづくり」は、より小さな地域を考える、地元住民や団体、企業などが総合的に行うボトムアップ的な色合いが強い活動とも言えます。

トップダウンの取り組みとボトムアップの取り組みは、性格が違うため、往々にしてうまく噛み合わないことが多いんですね。そこで、この両者の間を取り持ち、うまく調停しつつ都市空間をより豊かにしていくための方法論を考えるのが「都市デザイン」の役割の一つです。

例えば、ある街の特定の場所をより使いやすくする、あるいは活性化させるとしましょう。その場合、まずは地域住民のニーズや要望をリサーチし、同時に行政の広域的な目標や政策の方向性などを探ります。その上で街全体の利益を損なわず、さらに住民と行政の実現したいことのベストバランスが取れる都市デザインを提案していきます。

関わり方については、行政が都市計画を実施する際などに、住民の声を聞きながらプロジェクト実現に向けて動くこともあれば、逆に地域住民のまちづくりの活動が盛り上がってきた時などに、その活動を実現するために関わりを求められるパターンもあります。

Q. 研究テーマの魅力、エキサイティングな点を教えていただけますか。

野原  私の研究の一つに、まちなかの道路、いわゆる「街路」を対象としたストリートデザイン・マネジメントがあります。移動の場所に特化していた道路を、歩行者や生活者も快適に使える場所としてリデザインすることで、まちを豊かにするものです。

従来の日本の都市計画における道路というのは、自動車が渋滞せずに効率よく走れる場所、あるいは歩行者が安全に通行できる場所、といった具合に、いわば“移動のための場所”として考えられていました。

道が増えれば確かに移動は便利になります。しかし実際にはその道路が通ることで、それまで道端で立ち話をしていた大人や、そこで遊んでいた子どもたちが排除されるなど、地域住民の生活を損なう結果も招いてきました。他方、最近では少子高齢化で自動車の数が減ってきたこともあり、車道を減らして歩行者専用道路を増やすケースも増えています。

こうした背景もあり、都市の街路を単に移動手段として捉えるのではなく、「通行者がゆっくり佇める居心地の良い場所」や、「マルシェなどが定期開催される活気ある場所」としてリデザインすることで、より豊かに街路を有効活用してもらう。そんな仕事も増えてきています。

例えば最近ではクルマや自転車以外にも、電動キックボードや自動運転車など新たな移動手段も登場しており、その道を通るすべての人が快適に共存するために、街がどう変化すべきかを改めて考え直さねばならない時期に来ています。これはまさに都市デザインが力を発揮するシチュエーションです。

具体的に考えてみると、車道と歩道の間に自転車レーンがありますが、例えば、この一部エリアの線を地域住民たちと一緒にレーンの塗装を考えて塗ることができたら、そこは単に、移動するだけの道ではなく、市民が自ら使い、かつ、愛着も湧く“地域の資産”に変化することになります。

こうしたさまざまなアイデアや試みが実際に街に反映され、住民がより豊かに暮らせるようになる。これは、この研究分野の大きな魅力だと思いますね。

Q.具体的な都市デザインの事例があれば教えてください。

野原  一例を挙げると、「くらにわ事業」という福島県の喜多方市で携わったプロジェクトがあります。同市中心部には「ふれあい通り」という通りがあり、ここは古くから続くアーケード街でした。

喜多方市といえば、酒蔵や米蔵が立ち並ぶ“蔵の街”としても有名ですが、ふれあい通りの場合、老朽化したアーケードと乱立する電柱のせいで、あまり蔵が見えない状態でした。そこで思い切ってアーケードを撤去することに。すると歴史のある蔵と青空とのコントラストが映える、実に美しい風景が立ち上がってきました。つまりこのエリアの隠れていた魅力が再発見されたわけです。

同時に、アーケードと共に視界を遮っていた電柱を撤去し、無電柱化を実施しました。しかし電線を地下に埋めると、電柱に付いていた変圧ボックスを地上に置かねばならず、さらにそれをメンテナンスする場所も必要になりましたが、道路は狭くて、設置すると邪魔になります。

そこで沿道の所有者と行政が相談して、沿道に変圧器が置けてメンテナンスもできる小さなポケットパークを整備したのです。ここは普段は人が佇んだり、遊んだりできる小さな広場です。まさに蔵の前に庭があるようなイメージなので、「くらにわ」と名付けられ、今もさまざまなイベントなどで活用されています。

Q. 先生の研究分野にまつわるオススメの本があればご紹介いただけますか。

1.『見えがくれする都市――江戸から東京へ』(槇文彦・1980年刊)

学生時代に出会った本ですが、今も私のバイブル的な一冊です。もともと、「アーバンデザイン」は米国のハーバード大学でも発展したのですが、著者である槇文彦さんは、それを日本に輸入した第一人者とも言われています。

今でこそ東京には多くの観光客が訪れる魅力的なスポットがたくさんありますが、実はひと昔前はパリやニューヨークなどに比べ、特に面白みのない都市だと思われていました。

しかし槇さんは、江戸時代の地形や自然条件から、どのように東京という都市が生まれ、変化してきたのかをさまざまな視点から分析し、西欧とは異なる思想で発展してきた東京という都市の独自性をあぶり出しました。都市デザインの本質が学べる一冊です。

2.『空地の思想』(大谷幸夫・1979年刊)
私の先生の先生に当たる方で、建築家の大谷幸夫さんが書いた名著です。都市を眺めた時に、建築の周りにある余地、いわゆる“空地”こそが街をかたち作り、人をつなぐ原点である、という大谷幸夫さんの思想を、日照問題や防災など都市の抱えるさまざまな問題と共に論じた一冊です。

3.『身体活動を促すまちづくりデザインガイド』(野原 卓ほか・2021年刊及びWEBサイト)
私が東京大学や千葉大学の先生たちと共同で執筆したガイドです。これは日本の都市における身体活動の促進・阻害要因を踏まえ、身体活動を促すまちづくりを普及させるために作成したもの。

例えば少子高齢化が進む日本では、「高齢者の外出機会喪失」が問題になりつつあります。家から出たがらず、いわゆる引きこもりになる一人暮らしの高齢者が増えており、体を動かさないために寝たきりになったり病気になったりしている事例が増えているのです。こうした老人でも外に出て歩きたくなるまちづくりを行うことで、誰もがより健康的に暮らせる都市環境の実現に寄与できればと考えています。

Q. 最後に志望する学生にメッセージをお願いします。

野原  「都市デザイン」は時代によってその定義が変化しています。1960〜1970年代あたりまでは、“デザイン”という言葉の通り、道路をいかに設計するか、あるいは公園をどう造るか、といった都市設計のハード面に生きる技術だと捉えられていました。

しかし近年、都市デザインはそうしたハード面だけでなく、行政や住民たちと一緒にイベントやワークショップなどを開催して地域の魅力向上を図るアイデアやシステムを考えるような、いわばソフト面の課題解決も含めた総合的なものとして展開しています。

そこで重要になるのは、さまざまな分野の人たちと意見を交わし合えるコミュニケーション能力です。その点、“文理融合・異分野融合”を掲げ、4つの大学院(国際社会科学府、都市イノベーション学府、環境情報学府、理工学府)の連携で構成される幅広い分野の授業を履修できる先進実践学環では、自分の研究分野とは異なる研究をする人と接する機会が多々あり、自然とコミュニケーション能力が磨かれていくはずです。

「都市デザイン」は実学であり、現場主義。都市という現場に出て、現実の中で実験してゆく学問です。住民や行政の声に耳を傾け、実際に外に出て街の中でものを作ったり、アイデアを出して、そこで暮らす人たちがより豊かに暮らせる場所を創出していく。常に変わりゆく「都市」を研究対象にしたい人は、ぜひ学びに来てください。