稲垣 景子 先生編(専門:都市防災分野/研究テーマ群:横浜アーバニスト)
今回のインタビューは都市防災がご専門の稲垣景子先生にお伺いします。
Q.稲垣先生のご専門はどのような分野でしょうか?
稲垣 私のもともとのバックグラウンドは建築で、専門は「都市防災」です。地域コミュニティを対象に、災害による被害を減らし、安全性を高めることを目的に研究しています。建築と言いましたが、“災害に対して建物の構造を強くする”ということではなく、都市や地域コミュニティを対象とする災害リスクの軽減が主目的です。
例えば、地域ごとに災害の想定区域や避難経路などを記した「ハザードマップ」ってありますよね。ああいうイメージで、地震や水害などが発生した場合に、まちづくりや暮らし方、避難行動などを、地域住民と一緒にどう考えていくべきか、ということを掘り下げていく研究です。
具体的な例で言えば、いま私の研究室にいる先進実践学環の学生と一緒に、神奈川県の湘南エリアを対象とした都市防災にまつわる研究をしています。対象は神奈川県の湘南エリア。朝・昼・晩、いつ津波が来るのか? といったシナリオを想定し、例えば時間帯によって避難場所が不足するエリアを特定していったり……こうした分析を、東大の空間情報科学研究センターとの共同研究の一環として、疑似人流データなどに基づいて進めています。
ちなみに、災害による被害は、①空間的にどこにハザード(自然災害の起こるリスクのある場所)があって、②そのハザードエリアに人口や建物がどのくらいあり、③それらがハザードに対してどれほど脆いのか――この3つの要素が重なって起きるという考え方があります。
この3つが重なる場所を明らかにするためには、GIS(地理情報システム)などを使って分析する必要も出てきます。なので、GISのアプリケーションやデータの基礎を学ぶ演習講義や、GISなどを使って都市防災を考える内容の授業も担当しています。
Q.もともとこの研究を始めたきっかけは?
稲垣 私は横国大の出身なのですが、学部時代の1995年に発生した阪神・淡路大震災がきっかけの一つです。ちょうど震災の日、1限目の授業で大学に来ていたんです。
担当の先生は新幹線で横浜に通われている方で。当然、震災の影響で先生は横浜に来れず、授業も休講になりました。直接的に震災に遭ったわけではありませんが、こうした間接的な影響を受け、さらにその後の震災報道を見て衝撃を受けたわけです。
当時、建築構造に関心があったのですが、阪神・淡路大震災で、建物単体だけではなく、場所・空間・時間帯・タイミングなどが複雑に絡み合って起きる災害をいかに抑止するか、ということに興味が湧きまして。それが転機となって「都市防災」の研究を始め、今に至ります。
Q. 研究テーマの魅力、エキサイティングな点を教えていただけますか。
稲垣 たくさんありますが、やはり「都市防災」は都市全体を研究対象としているだけあって、異分野の人とのつながりが生まれやすいのは大きな魅力の一つですね。
最近だと2022年に、横浜市神奈川区こども家庭支援課、横浜市立大学の三輪律江研究室、そしてまち保育研究会の三者が協働で制作した「てくてくまっち」という子ども向けの絵合わせカードの監修をさせていただきました。このカードで繰り返し遊ぶことで、自然と防災・減災の知識を学ぶことができる内容になっています。
例えば、保育園の子たちは外を散歩しますよね。しかし、いざ何か災害が起きた時に、都会だと避難できる公園などが少ないので、身近なオープンスペースを探しておく必要があります。交通網や通信網が麻痺した時には、保護者も迎えに来られず、近くにいる街の人たちと助け合って生き延びる必要もあります。そこで、まずは自分の住む街を知り、地域の人と顔見知りになって、都市防災へのリテラシーを身につけていくことも大切な教育だと考えています。
このように、保育や教育など異分野との連携が自然発生的に生まれるのも、「都市防災」という研究テーマのエキサイティングな点だと思います。
Q. 先生の研究分野にまつわるオススメの本があればご紹介いただけますか。
『アメリカ大都市の死と生』(ジェイン・ジェイコブズ著)
ジェイン・ジェイコブズさんという、アメリカのノンフィクション作家でジャーナリストの女性が1960年代に書いた本で、学生時代に読んで感銘を受けた一冊です。
内容としては、都市には多様性が必要であり、それこそが魅力的で活力ある都市の条件である――ということを、さまざまな例を挙げながら論じています。都市の持続可能性や、コミュニティの多様性による支え合いなどについての気づきを与えてもらった一冊です。
Q. 最後に志望する学生にメッセージをお願いします。
稲垣 「都市防災」が対象とするのは、都市や地域コミュニティで、それぞれの特性をふまえて考えていく必要があります。
なので、常に広い視野を持ってあらゆる事象に興味を抱きながら、同時に一つのこともしっかり掘り下げられる。そんなタイプの人に向いていると思いますし、そうした意欲のある人にぜひ来てほしいと思います。